大判例

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広島高等裁判所 平成3年(行コ)13号 判決 1994年8月05日

控訴人

服部融憲

井上正信

川﨑保孝

松岡和美

宮原啓子

州崎勝己

乃美幸康

浅井栄太郎

石立敏

原剛

右一〇名訴訟代理人弁護士

外山佳昌

石口俊一

山田延廣

被控訴人

中川弘

右訴訟代理人弁護士

河村康男

大迫唯志

野曽原悦子

主文

一  原判決中、控訴人らの被控訴人に対する請求を棄却した部分を取り消す。

二  右請求にかかる訴えを却下する。

三  訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中、被控訴人に対する請求を棄却した部分を取り消す。

2  被控訴人は、福山市に対し、金一一億三二七四万〇四三四円及びこれに対する昭和五八年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり当審における双方の主張を付加するほかは、原判決の事実摘示(原判決四枚目裏六行目の初めから同九枚目表五行目の終わりまで)中の被控訴人関係部分のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人ら

1  備後圏都市計画事業東部土地区画整理事業施行規程七条一項によれば、保留地の処分は原則として一般競争入札によるべきものとされており、同条二項は例外的に随意契約によることが許される場合を定めているが、本件の場合は、右例外規定には該当しない。したがって、本件保留地処分については一般競争入札によるべきものであって、随意契約の方法によった本件保留地処分は、その処分方法が右規程に違反する違法なものであり、福山市長はその損害賠償責任を負うものである。

2  本件保留地の売却当時の時価は、原審西本鑑定の評価額によっても二四億五〇〇〇万円となるところ、実際の売却価額は二二億七三三九万九五六六円であるから、福山市は、その差一億七六六〇万〇四三四円にも達する莫大な金額の損害を受けたことになる。また、原審西本鑑定中の本件保留地を郊外型小売店舗という形で最有効利用する場合の評価額は二六億一〇〇〇万円とされているが、右評価額によれば、福山市は、三億三六六〇万〇四三四円の損害を受けたことになる。

したがって、かかる大きな時価との差額を生じた本件保留地処分は違法であり、被控訴人にはこれらの損害についての賠償責任がある。

二  被控訴人

1  本案前の主張について

保留地売渡処分を住民訴訟で争うには、①保留地売渡処分を地方自治法二四二条一項にいう「財産の処分」と構成するか、②売却に際して締結された契約を同条同項にいう「契約の締結」ととらえるか、二つの方法しかない。また、保留地売渡処分が「財産の処分」となるためには、その前提として、保留地が右「財産」に該当しなければならない。

土地区画整理法は、換地処分の公告がなされた日の翌日をもって当該地方公共団体が保留地の所有権を取得すると規定しているので(同法一〇四条九項)、福山市は、本件土地区画整理事業の換地処分公告のなされた翌日である昭和五六年九月五日本件保留地の所有権を取得し、本件保留地は福山市の財産となった。しかし、それはあくまで形式上のことであり、本件保留地は住民訴訟の対象となるような「財産」とはいえない。

そもそも、土地区画整理事業の下での換地処分は、地方公共団体の財務会計上の処理を直接にはその目的としていないから、土地区画整理事業の結果として保留地を取得したとしても、それは施行区域内の住民の土地区画整理事業の実施のために土地区画整理法の規定にしたがって土地を集めたに過ぎないものであり、地方公共団体の本来的な財産ではない。

したがって、保留地の処分は、住民全体の利益を害する住民訴訟の対象としての財務会計行為性を有しないと言わざるを得ない(仮に、保留地が低廉な価格で売り渡され、そのため事業費の不足を来し、結果的に市費から補填されることになったとすれば、市費の支払行為を争えば足りることである。)。

なお、このことは、本件保留地処分が「契約の締結」の方法による場合も同様である。

2  本案に関する主張について

保留地の処分を随意契約の方法によって行うべきか否かは、事業施行者の合理的な裁量判断により決せられるべきであり、本件保留地処分は、右の裁量の範囲を逸脱するものではない。また、本件保留地の処分価格は、原審桑田意見書による鑑定評価書の内容を検討、分析し、近隣の広大地の公示価格をも比較検討のうえ適正に算出されたものであって、処分価格の算定についても何らの違法はない。

第三  証拠

原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  当裁判所は、本件訴えは不適法であり、却下されるべきものであると判断する。その理由は、以下に述べるとおりである。

1  地方自治法二四二条の二所定のいわゆる住民訴訟の制度は、アメリカにおける納税者訴訟の制度に範をとったものであって、広い意味での直接参政の制度ではあるが、同法七五条所定の直接請求としての監査請求のように広く地方公共団体の事務又はその機関の事務全般についてその責任の所在及び行政運営の適否を明白ならしめることを目的としたものではなく、地方公共団体の公金、財産及び営造物が、地方公共団体住民の納付する租税その他の公課等の収入によって形成され、地方自治行政の経済的基礎をなすものであるところから、役職員による地方公共団体の公金、財産及び営造物についての違法な支出、管理、処分行為を防止匡正し、そのことによって地方公共団体住民全体の利益を図ることを目的としたものである。

2  このような制度の目的からすれば、同制度の対象となるべき「財産」とは、地方公共団体住民の負担にかかる公租公課等によって形成された、地方公共団体の、公金及び営造物以外の財産を意味するものと解すべきである(最高裁判所昭和三八年三月一二日第三小法廷判決民集一七巻二号三一八頁、同昭和五一年三月三〇日第三小法廷判決集民一一七号三三七頁参照)。したがって、また、同制度の対象となるべき「契約の締結」とは、それが財産の処分を内容とする契約の締結である場合には、右「財産」の処分を内容とする契約の締結を意味するものと解すべきである。

3  地方自治法二三七条一項は、「この法律において『財産』とは、公有財産、物品及び債権並びに基金をいう。」と定義し、同法二三八条一項は、「この法律において『公有財産』とは、普通地方公共団体の所有に属する財産のうち次に掲げるもの(基金に属するものを除く。)をいう。一 不動産 二以下省略」と定義するが、同法二四二条の二によって引用されることとなる同法二四二条にいう「財産」もまさにこの定義にいう「財産」にほかならない。

4  ところで、本件住民訴訟は、福山市が備後圏都市計画事業東部土地区画整理事業の施行者として取得した保留地につき、その一部を随意契約により売却した行為が、地方自治法二四二条にいう違法な契約の締結にあたるとして、福山市長を相手方として、同法二四二条の二第一項第四号に基づく損害賠償を請求するものである。

5  しかしながら、市が土地区画整理事業の施行者として取得した保留地は、地方自治法二四二条の二によって引用されることとなる同法二四二条にいう「財産」にはあたらないものと解すべきであるし、随意契約による保留地の処分は、右条項にいう「契約の締結」にはあたらないものと解すべきである。

なるほど、保留地は、土地区画整理法一〇四条一一項によれば、市が土地区画整理事業の施行者である場合には、換地処分の公告のあった日の翌日において、施行者である市が取得することになる。しかし、それはあくまで、土地区画整理事業施行者としての市が取得するのであって、地方公共団体としての市が取得するのではない。したがって、また、保留地の処分としての随意契約も、土地区画整理事業施行者としての市が締結するのであって、地方公共団体としての市が締結するのではない。

6  そもそも保留地は、土地区画整理事業の施行の費用に充てるため、又は規準、規約若しくは定款で定める目的のために、換言すれば、土地区画整理事業遂行という特定の目的のために設定されるものである。そして、保留地に充てられる土地というのは、土地区画整理事業施行地区内の全土地所有者の土地の減歩によって生ずるものである。したがって、保留地は、前記のとおり、換地処分公告の翌日、土地区画整理事業施行者(市が施行者であれば市)の取得するところとはなるけれども、実質的には減歩を受けた土地所有者全員の共有(市が施行者である場合も、市民全員の共有というわけではなく)に属するものと目すべきものである。だからこそ、保留地の処分は、保留地を定めた目的のために、その目的に適合し、かつ、施行規程で定めた方法でしなければならず、また、施行者が市である場合でも、市の財産処分に関する法令の規定は適用されないのである(土地区画整理法一〇八条一項)。

7  市が施行者となって行う土地区画整理事業の費用は、施行者である市が負担する(土地区画整理法一一八条一項)。

したがって、保留地が不当に廉価で売却された場合、市が損害を被ることは、可能性としてはあり得る。しかし、土地区画整理事業の費用は、保留地の処分金によってだけではなく、公共施設管理者負担金(土地区画整理法一二〇条)、国庫補助金(同法一二一条)、及び事業計画に定められた市の負担金等によっても賄われるものであり、土地区画整理事業の費用に不足が生じ、地方公共団体たる市にその不足分補填のための公金の支出が必要となり損害が生ずることとなるかどうかは、土地区画整理事業が完了しなければわからない事柄であって、それまでは単なる可能性が存在するにすぎない(この不足分補填のための市の公金の支出が住民訴訟の対象となりうるか否かは、見解の分かれるところかと思われる)。

8  してみれば、市が施行者となって行う土地区画整理事業において、保留地が不当に廉価に売却された場合、その段階でその行為を住民訴訟の対象にするということは、地方公共団体の財務会計上の違法な行為の防止匡正ということではなく、地方公共団体が施行者となって行う土地区画整理事業の在り方そのものを直接住民訴訟の対象にすることになるものといわざるを得ず、それは、前記住民訴訟制度の設けられた趣旨及び住民訴訟が原告適格に当該地方公共団体の住民という以上に制限を設けないいわゆる客観訴訟であるという性格から考えて、住民訴訟制度の予定しないところといわざるを得ないし、右制度趣旨は、このような場合にまでみだりに拡張解釈すべきものではない(行政事件訴訟法四二条参照)。

二  よって、原判決中、右と趣旨を異にし、控訴人らの被控訴人に対する訴えを適法とし請求を棄却した部分は不当であるからこれを取り消し、右訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官渡邉了造 裁判官亀田廣美)

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